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16球団への拡張構想を“あさってのプロ野球”繁栄につなげよ

SPORT POLICY INCUBATOR(32)

2023年9月7日
佐野 慎輔 (尚美学園大学 教授/産経新聞 客員論説委員/笹川スポーツ財団 理事)

 陽の目をみなかった政策が、その後の社会情勢の変化等で表舞台に登場してくることもある。プロ野球の「16球団拡張構想」はそうした可能性を秘めているのではないか。

 長く続いたプロ野球の2リーグ12球団制を見直し、4球団増やして16球団に拡張しようとの構想が明らかになったのは2014年である。第2次安倍晋三政権のもとで進められていた「日本再興戦略」いわゆるアベノミクスの政策のひとつとして、当時の自民党日本経済再生本部が「日本再生ビジョン」のなかで提案したのが、プロ野球の「16球団への拡張」にほかならない。

福岡ソフトバンクホークスvs北海道日本ハム (2008年 福岡ヤフードーム)

福岡ソフトバンクホークス vs 北海道日本ハム (2008年 福岡ヤフードーム)

2014年、構想誕生の背景

 1995年当時、日本プロフェッショナル野球機構(NPB)と売上1500億円ほどで肩を並べていた米国のMajor League BaseballMLB)がその後に急成長、2019年にはNPBが約1800億円規模に留まるのに対し、15000億円規模に増大している。2014年はその成長過程にあった。その成長要因こそ1993年から1998年にかけて行われた「エクスパンション(球団拡張)」であり、30球団定着によるファン層の拡大にあったと考えられる。国内に目を向けると、1993年に「オリジナル10」と称される10クラブで発足した日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が積極的な拡張策によって活性化し、若い年代では先行するプロ野球をしのぐ存在に成長。時まさに2014年にはJ3リーグがスタート、352クラブ(2023年現在60クラブ)を要する組織として、地方により浸透していく時期にあたった。

 NPBでも、パ・リーグでは2004年の球界再編と時を合わせたかのように福岡のソフトバンクホークス、仙台の東北楽天ゴールテンイーグルス、札幌の北海道日本ハムファイターズがそれぞれ移転した本拠地に根を張り、千葉のロッテマリーンズ、埼玉・所沢の西武ライオンズ、大阪のオリックス・バファローズと合わせ、地方分散効果が生まれている。さらに言えば、独立リーグとして四国に四国アイランドリーグplusが誕生したのが2005年。2007年にはベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)が北信越に創設された。

 こうした背景から自民党のスポーツ議員連盟を中心に、プロ野球空白地域に球団を創設することがスポーツ市場の拡大、地方の活性化、地域経済の振興につながるとの構想が生まれたとしても不思議ではない。

 構想では候補地として、①北信越、②静岡、③四国、④沖縄を想定。①には新潟県立鳥屋野潟公園野球場(現・ハードオフエコスタジアム新潟)、長野オリンピックスタジアム、富山市民球場アルペンスタジアムがあり、②には草薙球場、浜松球場、③に松山中央公園野球場(現・坊ちゃんスタジアム)、そして④の那覇市営奥武山野球場(現・沖縄セルラースタジアム那覇)とこれまでもNPB公式戦が開催されているスタジアムが存在し、少ない財政負担でプロ球団の本拠地への改装も可能と考えられた。構想では、新加入4球団をセ・パ両リーグに2球団ずつ配置し、8球団を東西、もしくは南北4球団ずつにわけて交流戦やポストシーズンを活発に展開していく狙いも示された。

 しかし、この提案は「日本再興戦略」に採用されなかった。

なぜ、構想は萎んだか

 ひとつには球界関係者も関与した構想ではなく政治家主導による発想、提案に対し、“寝耳に水”状態のNPB側に反発があった。あたかもNPBではファン獲得に知恵を絞っている最中であり、新球団が増えることは容易に受け入れがたい。しかもエクスパンションによる選手の膨張は野球レベルの低下を生むことは必至であり、それが第2の理由にほかならない。沖縄に本拠を置く球団が誕生すれば移動日程を含めた試合編成が複雑化、移動費用負担も増加することもまた理由にあがった。いや、何より継続的な球団経営を担う企業があるのか、中核企業の存在を疑問視する向きは少なくなかった。

 もとよりNPBには2004年の日本球界初のストライキ騒動で露わになった「球界縮小、1リーグ制移行」問題が残存し、巨人戦が減ることによる入場者収入減を阻止したい岩盤のような抵抗勢力も存在した。構想が陽の目をみることはなかった理由である。

王貞治監督

王貞治監督(2007年福岡市ヤフードーム)

 「16球団構想」はしかし、諦められたわけではない。やがて20201月、福岡ソフトバンクホークス会長というよりも、野球界の象徴として強い影響力を持つ王貞治さんの発言で再び話題となった。王さんは地元福岡のテレビ局の番組で「野球界のためには、できるものなら16、あと4つ球団が誕生してほしい」と語っている。

 この発言の背景には少子化の進行と野球人口の減少、そこから連なる野球人気衰退への恐れがあった。一方で長年、福岡を拠点に野球振興に尽力してきた王さんだから、肌感覚でわかる地方の野球熱の高さがあったと言っていい。とりわけ、夏と言えば誰もが想起する甲子園の高校野球。地元の加熱は喧伝される通りであり、遠くに暮らす人たちには年に一度、故郷を思う縁(よすが)ともなっている。真夏の異様な暑さのなかでプレーする高校球児たちの健康問題への対策は急務だが、それすらかき消されがちな熱狂は日本の特殊性であろう。熱の受け皿をつくれば新たな地域創生につながる、と、16球団構想が息を吹き返した。

ファーム拡大策がきっかけとなるか

 2023年4月、NPBはファーム・リーグ戦への新規参加球団を容認。4月と5月、2度にわたって説明会を開き、参加希望を募った。将来的に2球団以上、とりあえず2024、25年シーズンからファームの試合に参加させるとする公募に、独立リーグBCリーグの栃木ゴールデンブレーブスと新潟アルビレックス、同九州リーグの火の国サラマンダーズ(熊本)と静岡・清水を拠点とした新球団創設に乗り出すハヤテ223が名乗りをあげ、その後、熊本が申請を撤回する事態となったものの、いままさに選考結果が待たれる。9月上旬の段階で、イースタンに新潟、ウエスタンに静岡が加わるとの話も漏れ伝わる。

 こうしたファームの新規参加は16球団制移行への起点となりえるのか。NPB事務局は慎重に言葉を選ぶ。「目標はすそ野の拡大であって、エクスパンションがその先にあるものではない」-あくまでも野球振興が目的だとして、「加入」という言葉を使わず、「参加」だと繰り返す。確かにJリーグが新加入クラブに求めるような財政基盤などクリアすべき課題は示されていない。必ずしもエクスパンションの機が熟したわけではない。

 一方で、ファームといえどNPB球団との試合がリーグ戦形式で実践されていくことによって変化が生まれることへの期待感がある。残念ながら、いまの独立リーグでは果たし得ていない観客層の掘り起こし、支援活動の活性化など、野球熱の広がりが地域に勃興していけば取り巻く環境も変化し、16球団への拡張構想に結実させていく道が生まれる。

 必要なことは具体性、計画性をもった政策である。ポスト東京オリンピック・パラリンピックとしてスポーツ界が傾注しようとしている「スポーツによる地域の活性化」といかにリンクさせていくか、そこが鍵を握る。

思いつきから具体的な政策へ

 2014年の「16球団構想」は失礼ながら政治家の“思いつき”の域をでなかった。具体化するためにはNPB、本拠地受け入れ先としての自治体も交えた検討は不可避である。

 人口減少と少子化、若年層のプロ野球離れの進行はNPBにとっても大きな課題であり「現状のままでよいとは考えていない」と、前NPBコミッショナーの斉藤惇さんにうかがったことがある。1995年当時、ほぼ同じ規模であったMLBとの格差はどこにあるのか、ひとつには日本と米国との経済格差、スポーツ市場規模の落差が指摘されるが、何より放送権収入の違いは歴然としている。2019年のNPBの放送権収入約300億円に対し、MLBのそれは31.37億ドル(当時のレートで約3400億円)であった。

 広い米国だからテレビ放映がより価値を持つわけだが、MLBではこうした放送権収入確保の前提として、「Parity(戦力均衡)の考えが浸透している。それは、おもしろい試合を見るための必要条件であり、球界全体の繁栄のためにはどの地域の球団であろうと優勝できる戦力を持たねばならないという考え方である。ウエーバー制ドラフト(前年度成績下位球団への優先選択権)、レベニューシェアリング(放送権料、商標権収入など一部事業収入の機構による徴収と再分配)、サラリーキャップ制(球団の年俸総額の設定とぜいたく税の徴収)など、突出した球団をつくらない制度が敷かれて久しい。これらは米国プロスポーツ共通であり、「均衡が生む価値」と「球団が提供する価値」に「観客が求める価値」の3つの円が重なる部分が興隆の最重要ポイントとみなされている。しかし、NPBでは歴史的に「球団が求める価値」が最優先されてきた。未来志向のためには、まず意識の変革が必要となる。

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ワールド シリーズ優勝を喜ぶワシントン・ナショナルズのファン( 2019年 )

地域と強く結びつくために

 ようやくNPBでも2004年以降、IT関連企業の参画によって従前の球団とは異なる価値観が育ち、Jリーグに遅れをとった地域との結びつきも大切にされるようになって、読売と中日、阪神以外は企業名とともに都市・地域名を冠している。MLBでは創設当初からこうした都市名+ニックネームを自然なスタイルとしてフランチャイズを徹底、地域浸透を図ってきた。エクスパンションを可能にした要因がそれであり、球団誘致やスタジアム建設、運営などについても自治体の積極関与があったことを見逃してはならない。一例をあげれば、2005年に経営状況が悪化し買い手がつかずMLB預かりとなっていたモントリオール・エキスポズのワシントン移転、ワシントン・ナショナルズとしての再生を支援したのはワシントンDCであった。新スタジアム建設の費用負担、観客動員の増加にも力を貸した。

 日本国内でも、2023年に札幌ドームから北広島市に本拠地を移転した北海道日本ハムファイターズは自力で「エスコンフィールド北海道」を建設したとはいえ、用地選定に関わる支援や固定資産税の減免など税制面での優遇、まだ途上ではあるがアクセス環境の整備など協力姿勢を打ち出したのは北広島市である。それが札幌からの移転の決め手だったことは知られており、北海道ボールパーク構想を地元創生の切り札として地域住民に認識させた成果である。MLBと同様、自治体に球団を誘致する利点への理解があった。

プロ野球を地方創生の公共財として

 「16球団構想」には自治体の関与が欠かせない。スタジアム建設はともかくとしてもスタジアムの指定管理者選定の便宜、固定資産税等に対する優遇税制、地域住民との触れ合いを目的とした場の提供や宣伝・広告を兼ねた情報発信など、考えられる自治体支援は少なくない。一方でプロスポーツ、私企業を優遇することに反対する住民は少なからず存在する。野球は地方創生、地域振興のための公共財、スポーツ資産とみなす意識をいかに醸成していくか。NPB側の企業の論理を優先する意識の変革も望まれる。

 運動部活動の地域移行はひとつの手段となるかもしれない。部活動の充実、とりわけ指導面で地元に本拠を置くプロスポーツチームの存在は大きい。ただ、制度的にも可能なサッカーのJリーグやプロバスケットボールのBリーグと比べ、プロ野球球団が参画するための障壁は高い。新聞社の利害がからんでプロとの微妙な関係が続く日本高等学校野球連盟、学校教育優先の日本中学校体育連盟との協力体制を構築できるか。自治体を巻き込んだ「16球団構想」にはそうした対応も不可欠となる。

 またスポーツによる地方創生を考えたとき、スポーツツーリズムが真っ先に頭に浮かぶ。例えば沖縄のマリンスポーツ、富山や長野のトレッキングに登山、北海道のスキー、サイクリングなど地元が持つ自然資産、観光資源と「する」スポーツとを掛け合わせた旅である。それを整備された空路、新幹線、高速道路網が後押しする。プロスポーツ、とりわけプロ野球をそうした延長線上で考えていくと、「みる」スポーツツーリズムの創生にいきつく。北海道日本ハムのエスコンフィールドに芽生えを思う。プロ野球を12球団から16球団に、地方へ拡張することは「みる」スポーツツーリズムの広がりとなるはずである。

 地方への広がりは自治体の関与とともにMLB型の「地域の公共財」としての価値を生み、観光ビジネスとの融合は「みる」スポーツによるスポーツ市場振興に寄与する。戦力レベルの問題、中核企業の存在など課題は解決されたわけではないが、法整備や経済特区の採用による地元還元など政治の後押し、活用で受け入れる社会も変わる。「あさってのプロ野球」という視点からみたとき、「16球団構想」を放置しておくことはいかにももったいない。

  • 佐野 慎輔 佐野 慎輔   Shinsuke Sano 産経新聞客員論説委員、尚美学園大学スポーツマネジメント学部教授
    笹川スポーツ財団理事/上席特別研究員
    報知新聞社を経て産經新聞社入社。シドニー支局長、運動部長、サンケイスポーツ代表、産経新聞社取締役等を歴任。スポーツ記者を30年間以上経験し、野球とオリンピックを各15年間担当。5回のオリンピック取材の経験を持つ。日本オリンピックアカデミー理事、野球殿堂競技者表彰委員、早稲田大学非常勤講師等